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2019年度第2回関東例会(2019年6月15日)議事録

2019年6月15日に開催されました、2019年度第2回関東例会の議事録を掲載いたします。

合評会
長津一史著『国境を生きる:マレーシア・サバ州、海サマの動態的民族誌』木犀社、2019年

プログラム
司会:石井正子氏(立教大学)
15:00-15:40 報告 長津一史氏(東洋大学)
15:40-16:00 コメント1 鳥居高氏(明治大学)
16:00-16:20 コメント2 津田浩司氏(東京大学)
16:20-16:40 休憩
16:40-17:00 コメント3 鈴木佑記氏(国士舘大学)
17:00-18:00 ディスカッション

 本合評会では、まず長津氏が著書の要約を報告した後に、マレーシア政治研究の立場から鳥居高氏、東南アジアのエスニシティ論の立場から津田浩司氏、海民研究の立場から鈴木佑記氏がコメントを発表し、ディスカッションを行った。
 海サマは、東南アジア島嶼部のインドネシア、マレーシア、フィリピンにまたがって居住している。長津氏は、1997年から1999年にかけて、フィリピンとの国境地帯に位置するマレーシア・サバ州センポルナ郡カッロン村で臨地調査を行い、史資料調査とあわせて『国境を生きる:マレーシア・サバ州、海サマの動態的民族誌』を執筆した。
 センポルナ郡カッロン村の海サマと国境との関わりを調査しようと思ったきっかけは、フィリピン側に生きる海サマとの社会文化面での顕著な違いであったという。長津氏は、マレーシアで調査を行う前に、フィリピン・スル諸島の海サマ社会で短期調査をおこなった。カッロン村から90キロメートルしか離れていないタウィタウィ州シタンカイ町では海サマは、きわめて可視的に周縁化されていた。これに対し、マレーシア側の海サマは社会的にも、経済的にも陸サマや他の民族集団と同等の地位を獲得し、地方政治で主要なアクターになっていた。とりわけ驚いたのは、カッロン村の海サマが地域社会で広くムスリムとして認められていたことであった、という。フィリピンの海サマはいまも「アッラーに祟られた民」として差別され続けている。
 こうした気づきから、長津氏は国境が民族に与える社会文化的な意味を、実際に国境に生きる人々の視点から探ろうとカッロン村で定点調査を開始した。すると、そこに浮かびあがったのは、国民や民族など国家が提供する制度に囲い込まれつつも、逆にそれを社会上昇のために利用するなど柔軟に対応し、自らの社会や文化を再構築してきた海サマの姿であった。『国境を生きる』では、このように近代国家に対峙しながら国境を生きてきた海サマの社会文化動態をひとつの民族誌として描きあげた。
 長津氏の著書に対し、鳥居氏は、マレーシア中央政府の政策が国家の周縁部サバ州のコミュニティにあたえた影響を実証的に示した貴重な人類学的研究であるとその意義を評価した。津田氏からは、民族という概念を「海サマ」といった通念上の枠組に限定するのではなく、差異に起因する様々なレベルのエスノジェネシスの過程として捉えてはどうか、という問題提起がなされた。鈴木氏は、タイとミャンマーの国境社会を生きる海民モーケンのあいだにも、海サマに見られるような儀礼の衰退と再編が起こっていると比較研究の展望を述べると同時に、国境がもたらす経済活動への影響を同書の射程に入れる必要性があったのではないかと指摘した。
 長津氏が3名のコメントに応えたのちには、サバ研究、フィリピン研究を専門とする参加者からの質問も寄せられ、活発な議論が行われた。締めくくりとして長津氏がフィールドで撮影した貴重な儀礼の映像が共有された。
(文責:石井正子)

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